大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和23年(行)239号の16 判決

原告 藻井泰顕

被告 大阪市東淀川農業委員会

主文

一、大阪市東淀川区農地委員会が昭和二三年八月一二日付で別紙物件表記載の土地について定めた買収計画を取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「被告の前身である大阪市東淀川区農地委員会が昭和二三年八月一二日付で原告所有の別紙物件表記載の土地(本件土地)について定めた買収計画は、次の違法があるから、取り消されるべきである。

一、本件土地は自作農創設特別措置法(以下自創法という)第五条第四号所定の土地にあたる。

本件土地は大阪市新大阪駅前土地区画整理組合地区に属するから、自創法第五条第四号所定の都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地、又は、都市計画による同法第一六条第一項の施設に必要な土地の境域内の土地にあたるというべきである。

土地区画整理組合は、農地の確保を達成する裏づけとして、都市計画整備の供給源たる予定地の確保を期するために設立せられるものである。就中、本件組合(施行者、都市計画法第一三条により大阪市)は国土計画大阪市都市計画事業の一翼として設立せられ、その地区内の土地はわが国鉄道の大動脈である東海道線並びに超特急弾丸列車線、新大阪駅設置の予定地に指定されていて、既に運輸省において所用の土地の買収を完了しているものもある。

本件組合は戦争のためやむなく工事を開始していないけれども、本件土地は、都市計画事業の重要施設の予定地であり宅地造成の緊急なことは論をまたない地帯であるから、当然買収計画より除外されるべき土地である。

自創法第五条第四号の除外指定につき、昭和二二年農政第二四六〇号でその指定基準が示されている。しかし、右通牒は当該地区における既設家屋の面のみにとらわれ、根本的に宅地としての基本的施設の有無につき全然等閑視している。除外指定は都市の将来の住宅予定地の保全にあり、既設家屋の比率如何を基礎とすべき性質のものではない。この点に関し、右通牒は重大な誤謬に陥つている。仮に、右通牒によるとしても、原告は本件地上に住宅建設を計画中戦争のため建築資材の抑制で今日に至つたもので、資材入手次第住宅を建設しようとして目下待機中であるから、本件土地は買収計画より除外されるべきものである。

二、本件土地は住宅地であつて、農地でない。

本件土地は前述のとおり宅地造成の予定地であるから、住宅地であつて農地ではない。

三、本件買収計画の公告は違法である。

大阪市東淀川区農地委員会は本件買収計画の縦覧期間を昭和二三年八月一三日から同月二二日迄と定め、土曜日は午前中日曜日は除くと公告した。しかし、右公告は縦覧期日の末日が日曜日であるのに、その縦覧期間について自創法第六条第三項に満たない期間を定めているから、違法なものであることが明らかである。縦覧期間の設定は買収計画の利害関係人をして権利保護の機会を付与するものであつて、任意的なものでないから、右違法な公告は買収計画を違法ならしめるものである。

四、別紙物件表記載の土地のうち一八条町二五一の一、三畝二七歩のうち五〇坪は、原告において数年前より自作している土地であるから、買収の許されないものである。右土地について買収計画を定めたことは違法である。

五、原告はいわゆる在村地主であるから、中央農地委員会の定める六反歩を超える小作地に限り買収の対象となる。しかるに、大阪市東淀川区農地委員会は原告に何等の保有地を残すことなく買収計画を定めた。かゝる買収計画は違法である。

六、本件土地は自創法第五条第五号所定の土地にあたる。

本件土地は、前述のとおり大阪市都市計画区域内にあたり、大阪市の都心部に近接し、その周囲部は住宅街に接続し、大阪市の市民住宅政策、工場政策、その他交通文化等諸般の社会公共の施設の遂行上絶対不可欠な重要な地帯である。現に本件土地内にあい次いで市民住宅、工場及び学校等が建設せられ、この地域は驚異的発展を遂げている。

かような土地は農耕地として利用するより宅地として利用することが、社会的経済的歴史的諸事情より観察してその価値がはるかに大きいし、また、本件土地を継続して耕作することは環境上不可能である。本件土地のような土地の売渡を受けた耕作者が、農耕を廃し、機会ある毎に住宅公団或いは工場敷地等に高価で売却しようと計画し、もしくは、既に高価で売却し不当な利益を取得していることは、顕著な事実であり枚挙にいとまがない。これらの事実は、大阪市のような大都市内における土地に対し農地委員会が無差別に買収計画を樹立した当然の帰結といわねばならない。

地区農地委員会もしくは大阪府農地委員会は大阪市内にある同一状況の地域については等しく買収除外の指定をなすべきであつたのに拘らず、大阪市住吉区について買収除外の指定をしているのに、本件土地については全く買収除外の指定をしていない。これは処理の欠陥を暴露しているものである。

以上の諸般の事情を総合考察すると、いかに農民の側に立つても、本件土地に対し自作農を創設しようとすることは、不合理かつ非常識であると断ぜざるをえない。

したがつて、本件土地を東淀川区農地委員会及び大阪府農地委員会は自創法第五条第五号に基づき買収除外の指定をなすべき義務があつたというべきである。それにかかわらず、漫然本件買収計画の定められたことは違法と解するのが相当である。」

また、被告の主張に対し、

「買収令書の交付の日時は認める。」と述べた。

被告は、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一、本訴は不適法である。

大阪市東淀川区農地委員会は、昭和二三年八月一三日、本件土地を自創法第三条第一項第二号に該当する農地とし買収期日を同年一〇月二日とする買収計画を定め、同日これを公告するとともに、翌一三日から一〇日間買収計画書を縦覧に供した。しかるに、原告は買収計画に対して異議及び訴願をしていない。そうすると、本訴は訴願を経ていない不適法な訴であるから却下せられるべきである。

二、被告の前身である大阪市東淀川区農地委員会が本件土地について買収計画を定めたこと、本件土地が新大阪駅前土地区画整理組合地区内にあることは認めるが、その他の事実は否認する。

三、本件土地は、すべて農地、小作地である。

右土地区画整理組合は組合を作つたのみで現地についての区画整理事業はしていない。したがつて、この土地は農地としてなんらの変動なく公簿面の記載と現地とは一致している。また、耕作者も異動なく、本件の買収計画当時及び買収の時期まで永年にわたつて小作関係が継続していた。

四、本件公告ないし縦覧は適法である。公示期間について付記した事項はない。

五、原告は在村地主として取り扱われ、法定どおりの保有地を買収より除外されている。

六、本件買収令書の交付日時は昭和二四年七月一日である。」

(証拠省略)

理由

一、本訴は異議の申立及び訴願を経ていない不適法な訴であるとの主張について。

およそ行政処分には、単独で単一の法律的効果の発生を完結させるもの(これが一般である)と、連続する二以上の行政処分が結合して初めて単一の法律的効果の発生を完結させるもの(単一の法律的効果を目的とする包括的な同一手続中において、行政処分が形式的には二以上の行為に分離して行なわれ、それが段階的に積み重ねられる場合)とがある。農地買収手続は買収計画の樹立(自創法第六条)、買収計画の承認(同法第八条)買収令書の交付(同法第九条)という一連の処分があいまつて農地買収という法律効果を生ずるから後者にあたるものである(その他、租税滞納処分としての、差押処分と公売処分、土地収用手続としての、事業の認定、土地細目の公告及び通知、収用委員会の収用裁決)。前者における訴願等の行政庁に対する不服申立(以下単に訴願という)の不経由は、行政事件訴訟特例法第二条によつて原則として、訴を不適法ならしめるものというべきである。しかし、後者における訴願の不経由、特に農地買収手続におけるように先行処分(買収計画)についてのみ訴願の定めがある場合に訴願を経由しないでした先行処分に対する訴の適否については、前者と同様に扱うことはできないものがある。この場合においては、最後の処分(買収令書の交付による行政処分)がなされない限り一連の行政処分の目的とする法律的効果は発生しない、先行処分と後行処分とに共通の法律要件(農地買収手続についていえば、いかなる土地につき、誰から、いかなる場合に買収できるかという、いわゆる買収の実体的要件は、買収計画にも買収処分にも共通のものである)は、先行処分もしくは後行処分を基準としてみれば、すでにその処分は不可争性を有しその違法を攻撃しえないようにみえる場合であつても、なお、適法に提訴した後行処分もしくは先行処分に対する不服訴訟で審理の対象となるのである(参照、最高裁判所第二小法廷昭和二五年九月一五日判決及び同第三小法廷昭和三一年六月五日判決)。二以上の行政処分があいまつて単一の法律的効果の発生が完了するこの種のものにあつては、それに属する一の行政処分を取り消しえないものとしたところで包括的な手続全体としては不可争性を有するに由ないのである。そうだとすると後行処分がなお抗告訴訟の対象として争いうる場合に、訴願前置主義を厳格に適用し、先行処分(買収計画)について訴願を経ていないという理由でこれに対する出訴を不適法とすることは、無意味でありまた、不合理であるというべきである。

元来訴願制度は権利の簡易な救済のための制度であり、後行処分のほかに先行処分についても訴願及び出訴の途を開いたのは、権利救済を狭めるためではなく、権利救済の十全を期したものというべきである。それに、訴願前置主義の目的の大半は、三権分立の建前に従い、行政処分について司法審査に服させる前に、行政庁に反省の機会を与えて、行政庁に自主性、独立性を保持させようとすることにあるのであるが、本件のように当該買収計画に対する買収処分が終つている場合(この事実は当事者間に争いがない)には、都道府県農地委員会において買収計画を承認し(自創法第八条)、また、都道府県知事は買収計画を再議に付する等(農地調整法第一五の二八)買収の要件について再審査してから買収処分をしているわけであるから、収買計画に対する行政庁の反省の機会は十分与えられ、買収計画に対すべきかを検討する訴願前置主義の右目的は果されているともみることができる。なお、本件のように買収計画に対する抗告訴訟の係属中に買収処分が行なわれた場合、右訴訟を最終の処分である買収処分に対する抗告訴訟の訴の変更をすることは許されることであるけれども(参照、前出最高裁判所第三小法廷判決)、必ず変更すべきものではなく、買収計画は買収処分の前後を問わず争訟性を有し、したがつてこれを抗告訴訟の対象とすることは訴の利益があると解する。

以上述べたところにより、買収計画に対して訴願を経ていないとしても、本訴は適法であると解する。これと反対の見解に立つ被告の主張には従いえない。もつとも、買収計画に固有のかし(いわゆる手続上のかし)は買収処分の要件と共通するものではないから、買収計画に対して特に訴願が認められている法の趣旨から考えて右固有のかしを訴願を経由しないで買収計画に対する抗告訴訟の理由とすることはできないと解する。

なお、本件買収令書が昭和二四年七月一日に原告に交付されたことについて当事者間に争いがないから、昭和二三年一二月三日提起されたことが記録上明らかである本訴は、出訴期間内の適法なものというべきである(農地買収手続のような段階的行政処分について、先行処分である買収計画に対する出訴期間の終期は、最終処分である買収処分のそれと一致させるべきことにつき、当裁判所昭和三三年一二月五日判決行政事件裁判例集九巻一二号二五七六頁参照)。

二、本案について。

抗告訴訟においては、原告によつて挙示せられた当該行政処分の違法原因のないこと、正確に云い換えると、行政処分が法規の定める処分権の当該発生要件を充足していることについて、被告行政庁に、立証責任があると解すべきである。ところで本訴においては、本件買収計画が買収要件(自創法第三条第一項第二号)を充足していることについては本件の全証拠によつてもこれを認めることができない。したがつて右立証責任の分配により、本件買収計画を違法なものと判断するほかない。

三、よつて、その他の点について判断するまでもなく、本件買収計画を取り消すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 山田二郎)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例